これが普通なのか?日本の仕事。

フリーターの実態を調査しようと、若者の労働NPO「POSSE」が街頭アンケートを行ったそうです。

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その結果分かったのが、フリーターの過半数以上が正社員並に働いているということ。

労働時間では、フリーターで1日7時間以上働いていたのは71%、週5日以上は73%にも及ぶそうです。

記事ではフリーターが正社員並に働いていると言う事を強調していたのですが、ある意味フリーターをしている人には当然と言えるのかもしれません。

その人たちは、バイトで生計を立てていかなければいけないわけで、時給が低いとなると労働時間が長くなるのは仕方がないのですよね。

私がバイトをしていた時にも、正社員並どころかもっと過酷な状況で働いていた人もたくさんいましたし・・・。

しかし、フリーターに比べて正社員が好条件なのかといえば違って、正社員の3割は1日の労働時間が平均11時間にも及ぶとの事です。

また、残業代は、正社員男性の42%、女性の49%、フリーター男性の30%、女性の27%が不払いです。

う〜ん、何なのだろう?

これを普通と言っていていいのかちょっと考えてしまうのですよね。


オシム監督の考えるサッカーと成果主義の組織

ワールドカップで盛り上がっていた頃のブログで、ジーコ監督は個人重視で上手くいかなかったので、次の監督は組織としてのまとまりを重視するのではないかと書いたのですが、オシム監督の考えるサッカーはその上をいっているようです。

ジーコ監督の時には、個人重視だったのですが、それぞれが組織としての役割を把握する事は少なく、個性を出す事ばかりが重視されていました。

その結果、チームとしてのまとまりはなく、中田がいくら忠告をしても個性を重視したチームであった為に中田の独りよがりの様にとらえられてしまったのではないでしょうか。

ちなみに、今のサッカーは、昔の様に組織としてのまとまりだけを重視したチームではなかなか勝つのは難しそうです。

組織を重視しすぎると、その場での臨機応変な対応が出来なくなるためだと思います。

サッカー自体のスピードが物凄く早くなり、展開が瞬く間に変わる中において組織で行動するのは無理があります。

そこで、ジーコ監督が取り入れたのがブラジルの個人主義によるチーム作り。

個人主義だと、対応は個人に任せられるので臨機応変にその場で対処する事が出来ます。

しかし、このチームが機能する為には、個人の強さが物凄く求められてしまうのでブラジルのような選手一人ひとりのレベルの高さが必要とされます。

また、今回のワールドカップでも露呈したように、個人が個人の個性だけを出しているとブラジルと言うチームでもまとまりを失い、守りがスカスカになったりしていました。

今回ブラジルが、決勝に残れなかったのもそこに問題があったのではないでしょうか。

そして、それらの問題をすべて網羅したオシム監督の考えるサッカーが、個人が組織の中での役割を把握して、どの様に動くかを常に考えて動くと言うもの。

ある意味これは、従業員全員が経営者の目をもって仕事をする事に近いのではないでしょうか。

っと、ここでやっと仕事の話に繋がったのですが、何を言いたかったのいうと今の成果主義がジーコ監督の個人主義のあり方に近いのではないかと言う事。

成果主義は、それぞれが目標を持ちそれぞれがその目標を実現する事にだけまい進します。

その結果、上記したように組織としてのまとまりは失われ、成果主義を導入した事により業績が物凄く下がった企業もあります。

年功序列型の頃は、愛社精神という組織としてのまとまりを作るものがあったのですが、成果主義の導入により愛社どころか従業員の間でもライバル心だけが出てまとまりを欠く組織になってしまったようです。

しかし、サッカーと同じように市場も物凄い勢いで変化している事を考えると、組織重視の年功序列に戻すのは無理があるようです。

そこで、ヒントになるのがオシム監督の考える組織のあり方ではないでしょうか。

あくまで個人重視だが、個人が組織の中での位置を把握し何が求められているのかを分析。そして、めまぐるしく変わる展開の中でそれに臨機応変に対応する。

この考えを従業員全てにいき渡らせる為には、組織の構造を根底から考え直さないとダメですし、こういった個人の行動をどう評価するのかも難しいところです。

しかし、組織の一員がばらばらに動く事は、組織である事の意味をなしません。ゴールを決める、売り上げを上げる、など同じ目標に向かっているという自覚を持ちその大きな目標を実現する為に自分は今いる事業部、部署でどの様に貢献できるのかを考え行動する必要があると思います。

個人に、組織の中での役割を把握させるには、個々に目標を立てる以外に、チームのような比較的大きな集まりでの目標を持つといいのではないでしょうか。

そして、個人の目標達成具合の評価に、チームとしての評価も加える。

そうすれば、個人が自分のことだけを考えて行動する事も減り、比較的大きな視野で行動できるようになるのでは・・・・

っと、最近読んだ本とTVの影響からこんな記事を書いてみました。

これ以上書くと、私の頭が混乱してきそうなのでやめます。(笑)

最後にオシム監督の言葉。

「サッカー選手は足が痛いなんて言ってはいけない、頭が痛いと言わないといけないのだ。」

う〜ん、日本代表強くなりそうですね。



仕事のあり方が問われているようです。

最近新聞を見ていると、仕事のあり方を問うような内容の記事をよく見ます。

工業社会から情報社会に移り変わりつつあるなかで、働き方も多様になってきており、これまでの仕事に関する法律や、慣行、考え方などが通用しなくなっているからだと思います。

それらを是正しようと政府があれこれ案を出しているようなのですが、企業の労使間で衝突があったりしてなかなか適用されないようです。

労働時間に関しては、最近の過剰な残業を減らそうと残業代を上げる事が考慮されているようですが、労働者側は残業時間全てにおいて残業代をあげるべきだと言い、企業側は残業代があがると経費が膨らむので反発しているようです。

労働者側の気持ちがよく分かる私たちですから、残業代が上がれば嬉しいのですけれど、もし残業代があがって経費を抑えるために働かせる時間を減らすなんて事になれば他社(外国の企業など)に競争で負けてしまうかもしれないので簡単に残業代アップなんて事もいえないようですね。

また、ホワイトカラーに関しては労働時間規制から外す「ホワイトカラー・エグゼプション」と呼ばれる制度も検討されているようです。

これは、工場労働者の人のように働いた時間と成果が比例しないホワイトカラーの仕事に、働いた時間ではなく、裁量性で給料を決定する様なものだそうです。

しかし、この制度も、労働時間規制から外すと長時間労働を固定化する可能性があるので問題視されており、まだまだ議論が必要なようです。

これらを見てもまだまだ、今の時代に適した仕事に関する法律や仕事のあり方を見つけるのには時間がかかりそうです。

企業側、労働者側、どちらにも偏らず長期的な目で見て発展、繁栄していける道を選んで欲しいものですね。



職人の仕事

以前、スイスの時計職人がTVで紹介されていたのですが、一つの腕時計を何ヶ月、何年とかけて作っているそうです。

そして、それら一つ一つは何百万、何千万とするそうなのですが、注文が途切れる事はないとの事。

これらの仕事は、需要があるから上手く成り立っているのかもしれないのですが、こういった職人の仕事ってあこがれますよね。

自分の腕次第で商品の出来が大きく変わってしまう。

そして、出来上がったものはもう二度と同じものが作れないものである。

それにきっと長い間愛用してもらえるものである。

大量生産が主流だった時代には、同じものはいくらでもあるのだからと使い捨てで、新しい商品が出たら使えるものでも捨てる事が多々ありました。

しかし、今や大量生産では商品は売れなくなり、小さなニーズに答える為に少品種少量生産に移り変わりつつあります。

こうなってくると、また職人という職業が繁栄してくるのではないでしょうか。

長い時間をかけて、質の高いものを作る。

そして、一つの物を、長い間利用してもらう。

古い考え方のようで、逆に新しいような気がするのは私だけでしょうか。


人と企業の関係

就職活動をしていて一番嫌いだった言葉が「ヒトの質は落とさない」という言葉。

これまでは買い手市場だったために、最近の売り手市場の広まりの後も企業は採用において「ヒトの質だけは絶対に落とさない」と言ってきました。

この言葉は、モノや金、情報などと同列に人を扱っている感じがしてどうしても腑に落ちなかったのですよね。

そして、企業側の「おごり」というような物も感じられて余計に嫌いだったのだと思います。

しかし、それもそろそろ変わってくるのかもしれませんね。

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人材不足が物凄く進んで、バブル期並みの売り手市場になっているとの事。

今や求人倍率も1、89倍になっています。

そして、これまでかたくなに「ヒトの質は落とさない」と言っていた企業も考えが変わってきたのか、企業の採用基準で「質を重視する」とした回答が、前年より6%低下したそうです。

これからも、人材不足は続く事が考えられるので、人への企業の考え方はどんどん変化していくと思います。

これらの事は、人の扱いを軽んじてきた企業が、今になってしっぺ返しを食らっているようでなんだかこっけいに映ります。

しかし、人をただのコストだと考える「ヒト」にしてしまった企業の責任は大きいです。

「人と企業の関係」を見直す時期が来ているのではないでしょうか。。。


贅沢な働き方を実現する

昨日のブログで、今は贅沢を出来る時代で、贅沢を利用すればさらに発展していくと書きました。

しかし、あの記事を書いた時はなんとなく漠然としたイメージはあったのだと思うのですが、今読み返してみて「贅沢を利用するとはなんぞや?」と思ってしまいました。

で、もう一度考えてみました。

まず、今の時代は基本的に日本にいれば食うに困る事はほとんど無いです。

また、フリーターなどをしていればそれなりの生活が出来てしまうのが現実です。

こういった中に育った私たち若者は、昔のものがあまり無かった頃に育った人たちとは考え方もまったく違うわけで、「食べる為に働く」と言う考えは起こりにくくなっているのだと思います。

また、ちょっと昔の人たちの「物が欲しいから働く」という欲求さえも、ものに囲まれて育った私たちにはいまいちピンと来ないのかもしれません。

現に子供の頃から、旅行も色々なところにいけて、欲しいものもそれなりに与えられているという人がほとんどなのだと思います。

しかし、これらの与えられているものは後々は与えられなくなる可能性は高いわけで、それを踏まえてよく「親がいつまでもいると思うな」という言葉で就職を促しています。

しかし、私たちが就職を考えている時の状態がその与えられている段階であるわけで、その状態から与えられなくなる状態を想像しろと言うのは無理があるような気がします。

人間は、今の状態から継続している状態を想像する事は出来ても、起こりそうにもない急展開を頭の中に描いて、それを動機に動く事はかなり難しいことの様に思います。

こういった状態にある人には、例えば、大金持ちになってフェラーリや豪邸を持ちたい位の考えにならないと働く動機にはなりにくいのではないでしょうか。

しかし、この様な大それた夢を持つ人は極少数なわけです。

では、私たちは何の為に就職をしているのでしょうか?

その答えとして、最近よく言われるのが、「自己実現のため」です。

私も大学の頃に、就職活動をしていた頃にはこれを目標としていたような気がします。

なので、就職した企業で自分は成長していけるのか?を重要視していました。

しかし、この「自己実現のため」という動機も結構あいまいなもので、結局「自己実現の究極って何なのだろうか?」っと考えると、先ほど書いたお金持ちになる事なのだと思います。

自己実現というと、初期段階では、「資格を取って自分のやりたい職種に就くのだ」と考えているのだと思うのですが、結局その果てはお金を人よりたくさん得ることに集約されていく事なのですよね。

これってなんだか全然おもしろくないですよね。

お金が全てでは、それなりにモノに恵まれて育った人にはピンとこないのだと思います。

よく最近、TVでお金持ちがテレビに出ているのですが、あれ位のお金持ちになれると想像できる人なんていないのですから、自己実現の究極であるお金持ちの程度も知れていると言う事です。

では、いったい何を私たちは求めているのでしょうか。

私が思うのはむしろ、お金を得ることからは離れたものをもとめているのではないでしょうか。

これも最近よく言われているのですが、最近の人は仕事が楽しくなければいけないというように、サークル的なのりで仕事をしたいそうです。

また、時間と言うものを重要視しているのではないでしょうか。

つまり、「楽しく働けて、時間にも余裕がある。」これが今若者達の一番の贅沢になっているのではないでしょうか。

私自身も「楽しく働けて、時間にも余裕がある。」と書いてみて、これさえ実現できれば、お金は生活できるだけのお金があればそれでいいやと思ってしまいました。(笑)

多分、この贅沢を実現しようとあがいているフリーターもいるのではないでしょうね。

しかし、実際フリーターになってみると色々しがらみも多くて、正社員として働いている人と比較すると悲しくなってしまうのですよね。

このフリーターで「楽しく働けて、時間にも余裕がある。」を実感するには、相当精神的にタフな人で無いと無理なのかもしれませんね。

しかし、この「楽しく働けて、時間にも余裕がある。」はフリーターはともかく、正社員の方にも最も必要な事であるのではないでしょうか。

最近は、労働基準法なんてあってないようなものになっているようで、法律で決められた労働時間よりも長く働いている人なんてざらにいるようです。

また、楽しく働くというのはかなえる事は不可能だと思ってしまうのかもしれないのですが、経営者側の考え方次第でかなり実現可能なのだと思うのですよね。

楽しいの基準は人それぞれだとは思うのですが、多くの場合自己表現を出来る場を与えられる事が楽しい事になる場合が多いのではないでしょうか。

例えば、企画などにも若手の社員をどんどん参加させるなどです。

一部の企業では組織のフラット化が進んでいるようで、役職や年齢に関わらず発言しやすい環境を作っていると聞きます。

これらの事は、社員の楽しみながら働くを実現するのに大きく貢献しているのだと思います。

しかし、今の段階では若手は作業だけをさせたり、捨て駒の様に使われている事が多いのではないでしょうか。

この様な環境で働く事には、若者だからというよりも人間として納得できるものではないと思います。

この様な働き方を見てきている若者は余計に、就職する事の意味を考えてしまうのでしょう。

っと、かなり私の個人的な意見を長々と書いてしまったのですが、最初に書いた「贅沢を出来る時代で、贅沢を利用する」って結局なんだったのでしょうか?

多分、始めの贅沢は金銭的やモノ的には満たされた時代であると言う事。

そして、二つ目の贅沢は今の若者の一番の贅沢である「楽しく働けて、時間にも余裕がある」を利用しようと言う事なのですよね。

っということは、先ほどのフラットな組織じゃないですけれど、若者をもっと楽しませる(才能を最大限に発揮させる)システムが必要でそれができれば様々な分野で発展が期待できると思います。

フリーターが増えたのも、結局は大人たちが若者を楽しませない(才能を活かさない)システムに追いやった為なのですよね。

若い感性は、上手く使えば物凄い価値があるのですからどんどん活かして欲しいものです。

そして、法令順守で社員が過労にならない企業を作るのも長い眼で見ると企業にとって良いのだと思います。

「楽しく働けて、時間にも余裕がある」を贅沢と考えるのではなく、実現する事が出来た企業はこれから伸びていくのではないでしょうか。



インテリア・カラーコーディネーターとは?

今日って七夕だったのですね。

なんだか最近は日にちが飛ぶように過ぎていくので七夕の事なんてすっかり忘れていました。

もう今年も半分以上過ぎてしまったという自覚をもって、やるべきことに取り組んでおかないと、今年もまたあっという間に過ぎていきそうな気がしますね。


さて、今日も内定報告をいただきました。

内定報告をしてくださった「はる菜」さんありがとうございます。

今日内定報告を下さった方の職業は、事務兼インテリア・カラーコーディネーターとの事。

事務は大体想像つくのですが、インテリア・カラーコーディネータってなんですか???

で、ちょっと調べてみると

インテリア・カラーコーディネーターというのはカラーコーディネーターの一種類のようです。

カラーコーディネーターは、インテリアだけではなくて、ファッション・インテリア・メイク・広告・デザイン・映像など様々な業界で活躍しているようです。

カラーコーディネーターは、名前からも分かるように配色などのアドバイスをできる人のことです。

そして、インテリア・カラーコーディネーターになると、家具の配色や配置、空間の演出なども手がけるようです。

この仕事をするには、資格も必要なので内定報告をしてくれたはる菜さんも学校などで勉強して資格を取得されたのでしょうか。

しかし、私の知り合いにもこういった「オシャレ系の仕事」をしている人がいるのですが、資格の勉強段階や研修段階とは違って実際の仕事は地味な作業の繰り返しなので数ヶ月でやめる人も多いと聞きました。

多分、仕事に対するイメージがあまりにも先行している為に、実際に働き出してからのギャップに嫌気が差してしまうのではないでしょうか。

はる菜さんは決してそうはならないとは思うのですが、始めの数ヶ月は気合で乗り切ってくださいね。

それでは、ご健闘を願っております。



労働者と経営者の関係

労使(労働者使用者)の関係が昔とは変わりつつあるようです。

以前までは、極端に言うと経営者はふんぞり返っていてもよく、労働者は経営者のご機嫌を伺いながら仕事をするというのが普通でした。

しかし、ちょっと前TVで派遣社員やアルバイトを雇っている企業の社長が着ぐるみを着て社員にパフォーマンスをしている姿が映し出されていました。

それは、楽しい職場を作って社員のモチベーション(やる気)を上げる為や、社員を確保しておく為だそうです。

その様なことをしなければいけなくなった原因に、派遣社員やアルバイトなどの非正社員が物凄く増えている事があるようです。


以前までは、正社員が主で派遣社員などの非正社員は少数でした。

その状態にある時は、社員は安定した仕事と給料を与えられているので企業にこびる必要がありました。

逆に、経営者側にとってみれば与えるものをきっちり与えているのだから、自分は偉そうにしていてもいいのだという風になっていたのだと思います。(極端な話ですけどね^^;)

しかし、今現在、派遣社員やアルバイト、パートなどが低賃金で雇える事から様々な企業で利用されています。

就職氷河期や不景気の頃には、労働者側も低賃金でも仕方がないなぁという気持ちで働いていたので、経営者側も特に労働者に気を使う事はなかったのだと思います。

しかし、時代は変わって日本中で好景気に向かっています。

好景気に変わっても、不景気の頃に導入した非正社員の雇用のうまみをしった企業はそれをやめられずにいます。

しかし、経営側の気持ちとは裏腹に、労働者側は考えを変えるのが早いです。

つまり、好景気になって今現在、非正社員として働いている人たちにも賃金や福利厚生が好条件で働ける可能性が出てきていて、上手くいけば他の企業で働こうかと考えるようになっているようです。

また、アルバイトや派遣社員などは、正社員に比べて気軽に転職する事が出きるので嫌な事があれば直ぐにやめていくでしょう。

そうすると、今現在、非正社員を雇っている企業はどうすれば非正社員を安い賃金で確保して置けるのかと考えるのですよね。

その結果、某企業の経営者は、着ぐるみを着て社員にパフォーマンスをするという選択をしたようです。

つまり、完全に労使の関係が逆転してしまったのですよね。

「労働者は、使ってもらって上げている。経営者は使わさせていただいている」といった感じでしょうか・・・。


しかし、この関係長く続くとは思えませんよね。

さらに好景気が続けば、ますます好待遇、高賃金で働ける可能性が出てくるわけで、経営者のパフォーマンスとどちらを取るかとなれば、好待遇を取りますよね。

また、他企業では正社員として雇ってもらえるとなれば、そちらを取る人も出てくると思います。

そう考えると、社長のパフォーマンスなどに頼っているのではなく、雇用形態や待遇を見直す必要があるのではないでしょうか。


時代の転換期にうまれた、おかしな労使関係。

経営側と労働者側の信頼が崩れているのを、小手先の対処でしのごうとしている経営者もいるようです。

しかし、いずれ、それでは太刀打ちできなくなり、また正社員で雇うことや賃金の見直しを考えるようになってくるのでしょう。

それらの結果、労使関係も以前の様に「使うもの。使われるもの」に収まっていくのかもしれないですよね。

しかし、いつまでも小手先の手段にばかり頼ってしまう経営者もいるのかもしれません。

そういった企業はこれから淘汰されていくのかもしれないですね。

追記
今回は、非正社員の事を書いたのですが、正社員でも転職が増えていることを考えると経営側にとって社員を確保しておく事は難しくなるのですよね。

と言う事は、これから「正社員化」や「待遇の見直し」が行われても社員を確保しておける保証はなくなるのかもしれません。

それらの事も考えると、これからの企業は雇ってやっているという考えから「雇わさせていただいている」という視点がもっと必要になってくるのかもしれないですね。



人より多く賃金を得なくても、食べていけるだけの収入があれば十分?

以前の記事「企業を見る目を変える時?」では、企業の効率重視のあり方から「私たち自身も効率的に企業を利用すべきだ」と、かなり個人主義的な意見を書きました。

しかし、今年の新卒者は考え方がまったく逆のようです。

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社会経済生産性本部の調査によると、

「個人の努力が直接成果に結びつく職場」を希望した人は20.9%。

「チームを組んで成果を分かち合える職場」を希望した人は79.1%

また、

「会社の運動会などの親睦(しんぼく)行事は、できれば参加したくない」とする人は、99年には29%と3割近くいたのですが、今年は17.3%まで減り

「人より多く賃金を得なくても、食べていけるだけの収入があれば十分だ」とする人が36%にもなっていると言う事です。

関連記事にも書かれているのですが、これは成果主義などによる人間関係の希薄さの反動であるのではないかと思います。

以前の記事で、私はかなり個人主義的な事を書いたのですが、実はどっちかといえば新卒者よりの考え方をしていると思います。

しかし、現実問題としては個人主義的な考え方を持っていないとこれからは危ういとも思うのですよね。

さてさて、これからの企業はどちらの方向に向かっていくのでしょうか?

多分、どちらにも偏らずちょうど中間くらいでおさまりそうな気がしないでもないです。

っと、あいまいな予想でごまかして今日の締めとします。(笑)



企業を見る目を変える時?

以前の記事「NTT西日本のパートの大量正社員化」や「正社員化が本格的に進むかも?」でも書いてきたのですが、ますます正社員化が進んでいるようです。

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今回の関連記事にも書かれているように、正社員化には社員の囲い込みが目的にあります。

この社員の囲い込みに関しては、以前に書いた記事でも色々書いているのでそちらを見てもらえればと思います。

今日は、ちょっと話がそれるのですが、これらの企業の対応を見ていると私たちの企業に対する考え方もそろそろ改めるべきなのかなぁと思ったのでそのことについて書こうと思います。

ちょっと昔、終身雇用が当たり前だった頃は、企業に雇ってもらうと、親が上司に「息子(娘)をどうぞよろしくおねがいします」と言って企業にこびる姿勢を見せる事が多かったです。

それは、当然で「企業はあなたを一生面倒見ますよ」というのですから、企業様様といった感じですよね。

しかし、今の企業は、もう私たちを一生面倒見る気なんてさらさらないのですよね。

景気が悪くなれば、直ぐに人員削減でリストラ、かと思えば好景気になれば手の平を返したように正社員化をしたりと、わがまま放題です。

しかし、それもまた当然で企業は利益を追求する為に存在するのですから、リストラも正社員化も戦略の一つなのですよね。

昔は、情けとか、人情が企業の決定に大きく影響を与える事があったのかもしれないのですが、今の超効率化の中ではそんなものは微塵もないのだと思います。

だとするならば、私たちは企業にこびる必要はもうないのではないでしょうか?

まだまだ、私たちの中には一生雇ってもらえるような幻想の中で生きている人が多いような気がします。

しかし、そんな事をしていても何の特にもならないどころか自分の首を絞めるだけになってしまうと思います。

こびていると、どうしてもそのこびている対象に頼る事になります。しかし、企業に頼る事はもはや不可能になっているのだと思います。

そうであるならば、もっと企業との関係はドライな関係であるべきなのではないでしょうか?

つまり、企業が私たち従業員を利用するのであるなら、私たちも企業を利用するという考え方が必要になっていると思います。

最近よく言われるようになってきたのですが、キャリアプランを持つという事がその一つです。

自分が何をしたいのか?何になりたいのか?という事を明確にしてそれを実現する為に企業を利用するのです。

そうしておかないと、企業に振り回されるだけになってしまうと思います。

現にこういったことに無頓着な人を企業は好き放題に低賃金で雇っています。

しかし、先ほども書いたのですが、これは当然で利益追求のためだから仕方ないのだと思います。

確かに、こういったあり方に文句を言う事も大事だとは思うのですが、もっと私たち自身が今の状況を上手く利用する方が合理的だと思います。

文句を言ったところで改正されるのはいつになるかなんて分からないのですからね。

で、具体的に書くと

企業はスキルをつけるために利用すると考えるのが一番大事だと思います。

企業に内定をもらえても、そこで成長できなければ自分自身の市場での価値はないに等しいです。

そういった状態では、その勤めている企業に何かあった時には、次がなくて路頭に迷う事になるのです。

ですので、スキル、資格、コミュニケーション能力などなど自分を成長させる場所で企業はあるべきで、そうでないなら転職する事も考えるのがいいのかもしれないですよね。

まだまだ、日本では転職は少ない方ですが、確実に日本がアメリカ化している事を考えると転職がますます増えていくのは間違いないです。

そうなった時には、市場での自分の価値というのが重要で、企業の中でのポジションなんてまったく意味がないです。

そして、

「就職活動で雇われなかったからといって落ち込まない」

これも重要な事ではないでしょうか?

企業は利益を挙げるために効率的な採用をしています。

つまり、それに合わない人は何があろうと雇うことはないと考えた方がいいです。

好きだとか嫌いだとかそういう感情はまったくないのです。

ただ、無機質な基準がいくつかあって、それに見合わなければ不採用それだけと言う事だと思います。

それに対して、ああだこうだと悩んでもまったく意味はないのですよね。悩んでいる暇があるなら次を受けるのが一番の得策だと思います。

っと、またまたいつもながら長々と書いてしまったのですが、私たちの立場からすると企業に勤めている事が一番大事に思ってしまうのですが本当はそうじゃないかもしれないと考える事も大事だと思います。

もし、できるなら独学でも自分の市場価値を上げる事もできるのですよね。

日本の中では社会人経験があるないが重要であるなら、スキルの身につくような派遣社員で働いてから正社員の就職活動をするなんて事も考えられますよね。

とにかく、企業は神様ではなくて、ただのわがままな子供だと考える方が今の企業をとらえるにはあっていると思います。

自分の利益の為だけに動いている子供だと考えるのです。

私たちは、そのわがままに付き合ったり、あるいは利用したり、くっついたり、離れたり、柔軟に対応できるようにならないといけないと言う事だと思います。

まぁ、度の過ぎるわがままは説教も必要だとは思うのですけどね。

以上、井の中の蛙的コラムでした。(笑)



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